うたうこと

 私はあまりカラオケに行かない。というより行く機会がほとんどない。
 営業先や同業者との付き合いでカラオケに行く、などという営業手法はすでに絶滅しつつある。他の業界ではどうかは知らないが、私が属している業界では、飲みにいくという習慣はもちろん存続しているものの、その規模も縮小しているし、スナックに行って誰かが適当に歌など歌う、という場面も少なくなった。
 不況の影響ということもあるし、あまり大きな声でいえたことではないが、コンプライアンスの問題もある。お客さんと飲んで騒いで、ということをすると、こちらはともかく、客が職を失うことになる。
 私生活では、すでにこのブログで何度も書いている通り、最低限の社会生活を営んではいるものの、半分引きこもりのような生活をしているから、友達と連れ立ってカラオケに行くなどという場面が存在しない。わざわざ私を連れ出してくれる酔狂な人間もいない。




 以前、チャットをしていた頃、何度かオフ会というものをした。その中では必ずカラオケを予定に組んだ。
 これにはきちんと意図がある。
 まず、最初に集まった段階では、顔合わせの意味もあって食事会をする。ここで、幹事役、あるいはまとめ役を任されたり自認したりしている人間が、メンバーのだいたいの位置関係を把握し、次にカラオケに行く。
 カラオケでは、まず特攻すべき人物が特攻することで場を暖め、勢いをつける。その勢いに乗り切れなさそうな人間をあらかじめまとめ役がチェックし、積極的に流れに乗っていけるよう誘導し、かつ、流れに乗りすぎて自爆する人間が出ないように調整する。ここで乗り切れてしまえば、酒の力もあって急速に緊張感が薄れ、仲間意識のようなものが成長し、その後の飲み会に楽しく雪崩れこんでいける。
 知らない人がいる場面で歌い慣れた人間ならばともかく、そうでない人間は、大半がカラオケで最初の内は気後れしてしまう。その気後れを引き出すことこそが目的。気後れしていた、その意識が前提としてあって、その上で、途中からはそんなのも忘れて楽しく騒げた、という流れになってしまえば、その後の飲み会では一切気兼ねなく過ごすことができる。
 初めから意気投合できたと勘違いして中途半端に距離を置きつつ他人行儀に話をしているより、段階を踏んで壁を無くして行った方が距離は縮まるに決まっている。
 その段階というのは、楽しく騒ぐという行動であれば良く、別にカラオケである必要はない。ただ、街の中で大声出して騒げる場所というと限られてくるから、必然的にそうなるということ。




 私などはカラオケで平気で歌える人間だから、カラオケが歌えないという人の苦しみがわからない。私が休日に街に遊びに出ることが苦痛だ、と感じていることが、他人には理解できないのと同じこと。
「人混みは俺も嫌いだよ」
 という友達もいるが、そういうレベルの話ではない。説明したところでわかりはしないだろうから、適当にごまかすのだが。
 仕事で新宿や渋谷に行くのはまだ我慢できる。食うためだ、と自分に言い聞かせられるからだ。それに、仕事としてその辺に行く場合、行く場所が繁華街とは別方向であるため、まわりが結構自分と同様スーツ姿であることが多く、不必要に圧迫感を感じることが無い。もしくは、そうやって自分をごまかすことが出来なくはない。
 これが休日に街に出ると話が違う。人の波の中にいると、時に異様なほどの圧迫感を感じるし、たかが3時間ほど街中を歩いただけで、部屋に戻ってくるとしばらく立ち上がる気力すら失せている。体力の消耗も激しい。田舎の、草木が生い茂って足場も悪いような山の中を歩いている方がよっぽど楽。
 この苦痛を味わうために外出するなどという行為は、私にとって恐怖の対象。街に限らず、人が多いところは全般的にダメ。人気遊園地などは私にとって地獄の三丁目、まだしも最近廃れ気味の動物園の方が救いがある。基本的に人間が嫌いなのだろう、と分析されてしまえば、はいそうですとうなずくしかない。
 同じことが、人前で歌えないという人々の身に襲いかかっているのだろうか。
 だとしたら、私はこの先、二度と「歌えない、カラオケ嫌い」という人を歌いに誘う事はすまい。まわりが誘っていたら身を挺して止める。




 話がそれたが、カラオケ。
 私は聴く曲の趣味が少し偏っていて、最新ヒット曲などはまったく歌えない。なにしろテレビをろくに見ない生活をしているから、当然歌番組も見なければドラマも見ない。現在放映中のシリーズのタイアップ曲がわからないから、覚えようがない。
 幼少期は、周囲の親より多少音楽好きだった父や母が、休日になると日がな一日音楽をかけていたりして、その余喘に預かる形で歌を覚えたりしたものだが、当然、親の青春時代の曲である。
「お前、絶対年ごまかしてるだろう」
 と上司に言われたりするのは、たいてい親のおかげで覚えた、というか脳に刷り込まれた曲を忘年会などで歌ったときだ。「シクラメンのかほり」とか、「ひとり咲き」とか、「かなしい酒」とか。
 フォーク、ニューミュージックの代表曲は、だからたいてい歌える。親が好きだった曲などは何度も聞かされているうちにハモリも完璧になっていたりする。ある意味幼児英才教育。
 私の年代がよく歌うような曲で歌えるのはせいぜい二十歳頃までのチャートの曲くらいのもので、あとは好きだったグループの曲くらい。
 一度、会社の同期の連中と飲み会をしていてカラオケに行くことになった時に、「昭和しばり」をしたことがあった。発表されたのが昭和だった曲オンリーのカラオケ大会。おかげさまで無敵だった。誰が歌ったものであろうと、一度出た歌手やグループの曲は一切選ばず、3時間歌いきった。しょうもない自慢だが。




 特に歌がうまいというわけではないが、音程を外さない程度に歌う事はできるおかげで、音痴という評判を取った事はない。
 一部には、とくにオフ会でのみ私を知っている人々には、私がエンターテイナーだと堅く信じている者がいる。原因は、たいていの場合オフ会では私が特攻隊長だったせいだ。
 とにかく場を暖める必要があり、他を圧倒する歌唱力を持っているわけではない私にできることといえば、みんなが知っている曲を選んで歌うか、あるいは受けを狙うか、である。
 前者は、まだみんながそれほど打ち解けていない段階に投入するのには無理がある。だいぶ打ち解けてきたときにとどめとして投入すべきもので、場を暖めるためには受け狙いの方が適している。
 私にはそのための持ちネタがひとつだけある。
 今はなき米米CLUBの、知る人ぞ知る名曲「東京ドンピカ」だ。
「FUNK FUJIYAMA」「なんですかこれは」「愛の歯ブラシセット」「東京Bay Side Club 」」「東京イェイェイ娘」「あたいのレディーキラー」「ホテルくちびる」など、珠玉の迷曲で知られる彼らだが*1、時と場合によっては確実に受けをとれる曲といえば「東京ドンピカ」ではないだろうか。
 たとえばこれが仕事がらみの場面だとしたら死んでも避けるが、メンバーに「こいつは平気で受けを取りにくるやつだ」と認識されている場合、一切の恥も外聞も捨ててカールスモーキー石井になりきって歌いきることができれば、受けは取ったも同然。ただし、次の人が歌いにくいのも事実。
 私の外見もたぶん一役買っている。
 自己認識ではそうは思えないのだが、他者に言わせると、私はお水の業界人にも見えかねない外見をしているようだ。端的にいえばホスト。
 以前、私の部屋に浄水器だか布団だかのセールスに来た訪問販売員がいたが、たまたま玄関の扉を半開きにしていたばかりに玄関先に出て対応する羽目になった。彼は私とほぼ同年代に見えたが、販売の基本はまず相手に会話に乗ってこさせることだから、失礼ですがご職業は、などと切り出すのが常道。彼もそれに従った。
「学生さんですか?」
「…いえ、働いてますけど」
「ああ、社会人でいらっしゃいますか。あっ、もしかして、ホストしてらっしゃるとか?」
 その瞬間にたたき出したのはいうまでもない。
 別にホストという職業に蔑視感情を持っているわけではないが、酒も飲めず人と話すのも苦手という私を捕まえてホストだろうなどと口にするのは、ある種因縁をつけているのも同然。んなことは相手は知ったことではないのだが、まあ、向こうも商売でやっていることでこちらの感情を逆なでしたのだから、知らないこととはいえたたき出されても文句は言えないだろう。
 髪がちょっと長めで、多少染めているのがいけないのだろうか。10代の頃からずっと染めたり脱色したりしていて、自分の黒髪など記憶に残ってはいないのだが。
 あるいは、痩せているからか。平均より少し背が高いから、訪問販売の基本である「まず客を褒める」の原則に従ったとき、とっさに彼の頭からは「外見を褒めろ」という指示が出てきたのかもしれない。
 ちなみにホスト扱いされたのはそれが初めてではなく、入社直後の飲み会でもいわれた。オフ会でも、参加したすべての会でホスト扱いされた。もっともこれはいじりのネタという面が強いだろう。私も途中から諦めていたし。
「東京ドンピカ」という曲は、カールスモーキー石井がごてごての衣装で着飾り、ムード歌謡のオカマ歌手よろしく切々と歌い上げる曲。そのイメージを念頭にしてこちらが歌うと、妙に雰囲気が合うようで、特に女性参加者が笑い転げていた。以降、私のイメージはそれで確定。
 自爆とはいえ、少し気が滅入ったのは事実だった。
 なんか変な話になってしまったが、長くなってきたので今日はこの辺で切り上げる。




 しかし、ピアソラやらクラシックやらを書いていた、同じ人間の文章とも思えない内容だ。無論こちらが本性。

*1:2曲も知っていれば、あなたはしっかりと毒されているのでご安心を。全部歌えるというあなた……友達になりましょう。ポンコツ君とガラクタ君までその場で歌えるというあなた。すでに心の友です。