協奏曲、受難曲、悲愴

チャイコフスキーだそうだ。




 ピアソララフマニノフラヴェルプロコフィエフショスタコーヴィチリムスキー・コルサコフシチェドリンスティーブ・ライヒビージーズ、アース・ウィンド&ファイア、クイーン、レディオヘッドメタリカビョークソフトバレエ東京事変井上陽水川本真琴ドラムンベースのコンピ、アンダーワールド、ケミカルブラザーズ、ジャミロクワイ……小説なりブログなり、文章を書いているときは常にCDを流しっぱなしにしているのだが、これだけ分野も方向性も違う音をとっかえひっかえ聞いていると、たまに原点回帰したくなる。
 こういう時に聞くのは、私の場合、なぜかチャイコフスキーの協奏曲か交響曲6番「悲愴」。あるいはバッハの「マタイ受難曲」。




 私が音楽を自分から積極的に聴くようになったのは割合に遅い。
 私が長男で、しかも閉鎖的な性格だったおかげで、お兄さんやお姉さん的存在から音楽の洗礼を受けるということがなく、田舎育ちのため周囲の同級生たちもそう早熟ではなかったから、洋楽どころか、邦楽を進んで耳にするようになったのも中学生になってからの話だった。
 それから高校を卒業するまで、散々音楽の神の足元にひれ伏す機会があったにもかかわらず、私の耳はどうも変に頑固で、ソフトなテクノなどの無機質で単純な音以外は受け付けようとしなかった。
 当時の日本でそういう層を取り込んでいた音楽といえば、やはりTMネットワーク。その全盛期に思春期が重なっていたから、私の耳も小室哲哉に開発されていたといっていい。今でも、TMネットワークの曲は、歌詞さえあればすべての楽曲*1を歌える。
 それと同時に聞いていたのが米米クラブだった。根暗な少年にありがちなことだが、ごく少数の親しい友人などの間では時に暴走しはっちゃける型の子供だった私にとって、ネタ満載の米米クラブの楽曲は実に楽しかった。歌っていて気持ちいいメロディも多い。
 この2つのバンドが、本格的な引きこもりになる以前の私の音楽のすべてだったといっていい。
 他にあったとすれば、マイナーだから知っている人がいるかどうか不安だが、ソフトバレエ。これもテクノだが、TMと違って、後のビジュアル系に繋がる耽美さと破壊衝動を前面に出していたバンド。はっきりいって歌詞もヴォーカルも好きではなかったのだが*2、曲は良かった。特に編曲が素晴らしく、90年代初頭のアルバムなどは今でもさして色あせていない。
 そういえば、高校生の頃、FMラジオに彼らが出演するというので聞いていた。番組の企画でリスナーと電話で話すコーナーがあって、メンバーがそれに応じていたのだが、出てきたリスナーというのががちがちの頭でっかち女子高生で、雰囲気を楽しんでいればいいはずのゴシックな歌詞について大真面目に捉え、メンバーに食って掛かるような勢いで質問を浴びせていた。メンバーが次第に気圧され、「そこまで深く捉えてもらってありがとう」というようなことをいってごまかしていたのを思い出した。微笑ましいというか、痛いというか。




 クラシックとの出会いは、高校生になり、小遣いが増えてからだろう。当時の私はバンドブームが嫌いで、今でもそうなのだが、小編成のギターバンドの何がいいのか理解できなかった。その反動で、「音楽はやっぱクラシックでしょう」などと背伸びして、聴き始めた。
 といっても、モーツァルトやらベートーベン*3やらはどうも性に合わず、世間でクラシックというときに連想されるような穏やかな曲など目もくれなかった。
 私が特に気に入っていたのが、ドイツのグラモフォンというレーベルが出していたメジャーなクラシックの音源を100枚のCDにしたシリーズの、チャイコフスキーだった。さすがに当代一といわれるクラククレーベルだけあり、錚々たる楽団の演奏が並んでいたが、一番良く聞いたのは、カラヤン指揮のベルリンフィルが演奏したヴァイオリン協奏曲。カップリングでシベリウスの協奏曲も入っていた。
 ヴァイオリンはクリスティアン・フェラス。フランス人のヴァイオリニストで、早世している。名前の響きが日本人にはどこかロマンティックだが、実物は腹の出たおっさんである。
 少年の耳には、馴染みやすい音だった。20世紀初頭からのクラシックと違って耳馴染みのいいメロディである上に、ヴァイオリンの名人芸が聴ける。
 これは私だけの事かもしれないが、交響曲よりも、協奏曲の方が少年期には耳馴染みがいい気がする。大編成オーケストラの華麗さが無いと聞いた気にならないという大雑把な耳だし、オーケストラ全体で表現する音よりも、名人(ヴィルトゥォーゾ)が奏でる技巧に憧れに近い感情を抱く部分も大きいからだ。室内楽より雄大で、交響楽より独奏者の技量がわかりやすい、そんな協奏曲の魅力に、年少の私は取り憑かれた。
 だが、毎日のように聴けばどんな名盤でも飽きる。
 ラフマニノフに行ったり、ラヴェルに行ったりしていた私が、バッハに目を向けたのは、高校を出てからだった。
 引きこもりに入っていた私は、日々やることもなくだらだらと過ごしていたのだが、そんな中で、ふと気が向いて買ったのが「マタイ受難曲」だった。なぜいきなりそこに行ったのかは覚えていない。普通ならカノンやらソナタに走りそうなものだが。そういう曲がどうも馴染まなかったから、あまり聞き覚えのない受難曲という名前に惹かれたのかもしれない。
 聞いて、ぶっ飛んだ。
 何にぶっ飛んだといって、その美しさに、だ。
 声楽曲というのはこうまで人の胸に迫るものなのか、と思った。
 私はそれまで声楽曲に興味がなく、実は今でもさほど興味があるわけではない。オペラというものにまったく食指が動かず、声楽曲などは結局オペラと同じものだろうと多寡をくくっていた部分があったのだ。
 とんでもない思い込みだった。
 バッハの音楽は基本的に宗教音楽で、受難曲というのは聖書の内容に基づいて書かれた曲*4。だから、どこを切っても出てくるのは信仰心。オペラのような劇的さや華麗さは出てこない。
 そのかわり、人の声という、他のどの楽器よりも強力に人の耳を突く楽器で描かれた受難者マタイの物語が、少年声楽隊と大人の声楽隊のアンサンブルで波のように胸に迫ってくる。初めて聴いた時、鳥肌が収まらなかった。
 同じ声楽曲で、かつ宗教音楽として位置づけられている音楽で、当時私が聞いていたのはヴェルディのレクイエムだったが、ヴェルディの曲が荘厳すぎてかなり演出がかっているのに対し、バッハの受難曲はどこまでも透明だった。少年の声を使っているのだから透明性が出てくるのは当然といえば当然なのだが、そういうレベルの問題ではない。




 食わず嫌いだった私も、この衝撃で多少は他の音楽も耳にするようになった。その意味で、マタイ受難曲は私にとって転機となった曲。
 相変わらずヴィルトゥォーゾ好きで、その延長線上にピアソラがいたりするのだが、交響楽を1曲挙げるとするなら、私にピアニッシモという言葉のなんたるかを思い知らしめたチャイコフスキー交響曲第6番「悲愴」。
 この曲のラスト、第4楽章の終局部分で、チャイコフスキーはなんとp(ピアノ)が6個も並んだ記号を使っている。それまでの楽章で散々盛り上げておきながら、最終楽章でこれを使ってくる彼の構成力もさすがだが、極めて効果的に使われているために、曲が終わってCDが止まってからも身動きが取れなくなってしまうことがある。
 音量を可能な限り大きくして聞いていると、第3楽章の最後で大盛り上がり大会を迎えた後に訪れる、第4楽章の激しい情動の乱れにこちらも胸が乱され、一瞬の静寂の後に、静かに、深く深く、音が沈んでいく。こちらもどんどんそれにつれて深く潜っていき、身じろぎもできず、呼吸すら苦しくなっても、まだチャイコフスキーピアニッシモはこちらを解放してくれない。
 ライブ映像を見たことがあるが、観衆は咳ひとつできずに聞き入り、指揮者がようやくのことで指揮棒を下しても、すぐには満場の拍手とはならなかった。音がしないにもかかわらず、その無音こそが勁烈なまでの迫力となって聴衆をがんじがらめにし、捉えて離さないのだ。
 この曲を書いた時期、チャイコフスキーは、幸福であるはずだったという。少なくとも年譜を見る限りにおいては。彼の音楽家としての人生は絶頂期にあり、確かに世間からすればこんな曲を書く理由は見当たらない。
 一説には彼は躁うつ病を患っており、この曲を書いた時期もそれが増悪していたのではないか、という。なるほど、そういわれると理解できる気がしないでもない。本当に、なまじ感受性が鋭い人間が入れ込むようにして聴くと、虚無感に陥ってしばらく立ち直れなくなってしまうくらいの破壊力がある。
 彼は同性愛者であったともいわれ、同性愛自体が神や人倫に対する犯罪と思われていた当時、それを抑圧するために彼は精神を度々患っていたともされている。それが事実かどうかは今では知りようもないのだが、この曲が持つ力はちょっと他の彼の曲とは違う。大きさもそうだが、方向性がかなり違う。生きる気力さえ失いかねない虚無が、ここにはある。なるほど、「悲愴」とはうまい曲名をつけたものである。
 ちなみに、この曲の初演から9日後、彼は謎の死を遂げている。流行病による死という説と、自殺説、謀殺説とがあるが、どうも自殺説がもっとも有力らしい。



 これらの曲を聴くと、私の耳はリセットされる。他の音を聴くときに、ふわふわした感じがしなくなる。地に足がつく、とでもいうのだろうか。
 別に米米クラブを聞いたってリセットはされるのだが(最初にはまったが故の音楽の基準点という意味で)、彼らの曲はついつい歌ってしまうために、それも熱唱してしまうために、なにも手につかないばかりか、異様に体力を使ってしまうという欠点がある。やはり、クラシックなどのインストゥルメンタルの方がよい。マタイ受難曲は言葉の意味がさっぱりわからないから、インストと同じ。
 これからも色々な音楽に出会うのだろうし、様々な感動や衝撃を受けるのだろうが、これらの曲は多分一生の付き合いになるだろう。
 逆に、これらの曲を上回る衝撃を味わうことができれば、それはとても幸せな出会いといえる。それを期待しながら、これからも音楽と長く付き合っていくことになるのだろう。
 などと、ちょっとエッセイ風に書いてみたり。

*1:近年の再結成は別。

*2:この2つを否定したら、ほとんど全否定ともいえるが。

*3:第9だけは別だったが。

*4:新約聖書福音書に記されているキリストの受難、つまりゴルゴダの丘での処刑についての記述を基にしている。マタイ受難曲といえば、マタイの福音書をテキストにしているということ。同じようにヨハネ福音書に基づいたヨハネ受難曲などもある。バッハの受難曲はオラトリオ風受難曲というタイプで、合唱やアリアをはさんで音楽的には割りと自由に展開する。