指名参加

 日本の公共入札制度には、競争入札参加資格申請というものがある。
 国、、国の関連機関、地方自治体などで何か仕事をしようとする場合、多くが資格を必要とする。その資格が無いと、入札に参加できずに仕事を請け負うことが出来ない。
 この制度はおもに建設分野や物品納入分野に適用され、この業界に属す会社は、たいてい2年に1回行われる資格の審査申請に申し込むため、書類の作成に追われる。平成の奇数年度から2年間の資格申請である場合が多いから、去年は楽なものだったが、今年は大変な騒ぎ。
 業界では、この騒ぎのことを「指名参加」という。本業の営業を一時休業してでもやらなければならない、面倒な祭りだ。
 土木業界の営業職に就いている私も、例外では無い。



 土木業界を単純に分割すると、大きく、建設分野と調査・測量・設計等建設コンサルタント分野とに分けられる。といっても、後者は市場規模から言えば前者には遠く及ばないのだが。
 私が属しているのは後者の建設コンサルタントという業界で、主に発注者が行う調査・測量・設計の委託を受け、建設工事に必要な成果や報告書、設計資料を作成する。土木建設工事に着手する以前に行うべき技術的な作業を、役所に代わって行う。
 この業界で資格申請をする時、面倒なのは、業務が単純にコンサルタント業務だけとは限らないところだ。
 測量屋をしている場合、地図を作ったり、コンピュータに絵図面を取り込んだり、交通量を調査したりする業務も行えるのだが、これらの業務は自治体によっては物品納入分野に区分けされていることがある。いや、そう分類されている場合が大多数である。
 物品納入はその名の通り、さまざまなものを役所に納入すること。消しゴムから割り箸、パソコン、机や椅子、印刷業務、給食やイベント企画なども含まれたりするが、とにかく範囲が広い。システムやプログラムの設計、開発も物品に含まれる。
 商社ではないから物品納入にさほど関係は無いはずなのだが、簡単なシステム開発が出来る態勢が整っていたりすると、物品分野にも資格申請をしなければならない。



 電子入札という制度が導入され、申請も電子的に行われている所が出て来ているが、まだまだ地方自治体では一般的になっていない。
 電子入札は、入札の透明性確保と経費や労力の節減を目的として導入されたが、過渡期の現在、手間が多くて難物扱いされることが多い。電子的に申請できるといっても、自治体によっては証明書類関係は原本を持参するか郵送するかしなければならない場合があるし、電子入札が導入されていない分野が混在していたりして、業者を混乱させる。
 物品納入では特に電子入札が未導入の場合が多い。未導入だとどうなるか。ひたすら、書類を書き続けてはチェックし続ける騒ぎになる。
 面倒なのは、なんといっても、自治体によって独自の様式がある場合だ。
 たいていの場合、都道府県の統一様式というものがあり、その様式に従って書類を作れば、その都道府県の各自治体の多くで使い回せるようになっているのだが、物品納入の場合はその統一様式が無かったりする。独自様式は、それぞれに作っていかなければならない。
 私の会社のような、主に県内だけを相手に商売している会社でも、物品納入まで緻密に資格申請しようとすると、合計で200通近い書類を作成することになる。だいたいの場合、その書類一通で30枚以上の紙を使うことになるから、使用する用紙の量は半端ではない。



 不必要な作業、とまではいわない。仕事を頼むとき、その仕事がきちんと完成しなければ困るし、使う資金は税金だ。自治体には、業務を行う企業の経営健全度や業務遂行能力をしっかり把握する義務がある。
 それにしたって、ずいぶん効率が悪いやり方ではある。他にやりようがあるだろうに。
 たとえば、国とは言わないまでも、都道府県の単位で自治体が共同の審査組合を作り、企業の審査を行う。企業側は、自分たちが資格申請したい自治体をあらかじめ選択しておき、審査が終了して受理された場合、選択した自治体に登録が完了する。
 実は東京都ではこのやり方が導入され、業者から内心の喝采を受けた。私もその恩恵を受けた一人だ。他の道府県でも例があるのかもしれないが、残念ながら私は東京都しか知らない。都の場合、都の電子入札システムを導入した自治体(ほとんどすべて)は、それぞれ分担して企業の審査を行う。まだ全業種の話ではないのだが、画期的ではある。
 その北、埼玉県でもそれが行われてはいるのだが、参加自治体の数が少なくて話にならない。



 この騒ぎ、自治体にとっても非常な労力を伴う。これだけのために、大きな規模の自治体では10人以上の専任の担当員が必要になる。仕事が仕事だけに、この時だけのパートを使うというわけにもいかず、契約関係の部署が総動員で取り組んだり、関係部署から応援を集めて取り組んだりする。
 1人で1日50社以上の書類を扱うなどざらだし、業者にも色々いて、突然逆切れ気味に職員に突っかかるものもいれば、まったく準備もせずに会場に現れて職員に聞きながら作り出すつわものもいる。大した神経だ、と、居合わせた誰もが呆れていた。
 しかもこれは、受付の段階の話。
 書類は、その場で審査するわけではない。書類に不備が無いかを確認して受付け、それから審査に入る。いちいちその場で審査していてはきりが無いからそうするのだが、今の時期はまだ受付の段階であり、年度が明けてから本格的な審査作業に入る場合が多い。
 むしろ担当者の苦労はそこからなのかもしれない。
 しれない、というのは、私は直接その現場に行き会ったことがないからだ。その担当者と話をしたこともないから、知るよすがが無い。が、多少の想像はできる。
 受付けであれだけ込み合い、受付けだけであれだけ時間がかかっているのに、その内容まで審査するとなれば、大変な苦労だ。担当者レベルでその苦労を改善できるはずもなく、上がシステムを抜本的に改革してくれなければ、いつまでたってもその仕事から解放はされない。
 指名参加は、その書類を作るほうにとっても、受ける側にとっても、至極大変なもの。楽なのは、直接担当もしていないくせに、「ちょっと持ってってやろうか」などといって三つ四つの自治体を回って「行ってやった」面して恩を売る上司か、システムの見直しは審査の厳格性と公平性を損なう恐れがあるなどといって問題を先送りにすることで仕事をした気になっている上司だけだ。
 どこでも、大変なのは現場の担当者。その図式に変わりは無い。