帝政草莽期の男たち

kotosys2005-10-17




以前、別のブログを書いていたときに、歴史上好きな人間として、古代ローマ帝国の二代目の皇帝、ティベリウスという男についてしつこく書いたことがあった。
このブログで「鉄血宰相」ビスマルクを書いたが、どちらが好きかと問われれば、ティベリウスの方がより好きである。
その別のブログというのは、すでにアカウントまで削除してしまっているから、ネット上には残っていない。検索エンジンのキャッシュにはもしかすると残っているかもしれないが。
改めてそれを書けといわれたら絶対に拒否するが、幸いというべきか、エクスポートしたファイルが、度重なるHDDの整理の嵐にも負けずに残っていた。
しばらく、手直しできる部分を直しつつ、再掲載していきたいと思う。



この項を読む人は、共和制ローマから帝政ローマへの転換期の話を多少は理解しているということを前提として、話をする。それ以外の方、あしからず。
カエサルアウグストゥスティベリウスと続く三代の男たち。
ローマの初代皇帝はアウグストゥスだが、ここではカエサルを含めて、三代の皇帝というかたちをとる。なにしろ神君カエサルというくらいで、ローマ人の意識の中にも、カエサルこそが帝政創業の人という意識があったはずだ。



だいたい、巷の人気をいえば、生まれた順番というところだろう。カエサルがダントツの一位、アウグストゥスがそれに続き、ティベリウスがダントツの最下位。世界史が好きという人でも、ティベリウスを知らない、という人が多いに違いない。なにしろ高校レベルでは教科書に出てこないかもしれない。
この順番は、性格の明るさという部分にもあてはまる。カエサルは陽性も陽性、反対にティベリウスは気難しさの代名詞である。スウェトニウスという、時代的には少し後に出た歴史家の手によるローマ皇帝伝でも、その性格の陰険さが悪し様に描かれている。まあ、ゴシップを積極的に取り入れているところが持ち味のスウェトニウスの文章は、そのまま鵜呑みにして楽しむ性質のものではないわけだが。

ローマ皇帝伝 上 (岩波文庫 青 440-1)

ローマ皇帝伝 上 (岩波文庫 青 440-1)

カエサルがあまりにも偉大であるが故にどうしても影が薄くなるという部分はあるにせよ、残りの二人も統治者としては水準を遥かに超えた手腕の持ち主だった。パクス・ロマーナの建設者はなにしろこの二人なのだから。
ただ、旧世界の破壊と新世界の建設を同時にやってのけた天才と、新世界の建設に専念した人間とでは、歴史上における巨大さが違う。歴史が産んだ唯一の天才*1、という言葉が残されているように、カエサルの評価は、悪名も含めあまりにも大きい。



カエサルは宣伝の名手でもあり、だからこそあれだけの大業をなしえたのだが、数々の名言を残し、数々の伝説を作った。政治の世界のみならず、戦争でも、恋でも。
一方で、アウグストゥスは、政治の分野では天才的な手腕を発揮したが、戦争は下手、恋もエピソードらしいエピソードは、人妻を奪って生涯添い遂げたというものくらい。政敵アントニウスが浮気のことをからかった話が伝わっているが、どうも中傷の域を出ない。妻を捨ててクレオパトラに走ったアントニウスのことだから、人のことを言えた義理でもない。
ティベリウスは政治の世界では評価が分かれ、戦争ではそれなりの功績を挙げているものの、人間的なエピソードはどうも暗い。奥方に愛想が尽きてロードス島に逃げ出した、という伝説などが有名。実際はそんな甘優しい理由でのロードス留学ではなかったようだが。男色家で小児愛家だったとも伝えられるが、真相は歴史の闇の中だ。



では、私自身の好みを言えばどうかというと、私はティベリウスアウグストゥスが好きである。
カエサルの事跡はあまりに巨大で、彼の人物像はあまりに巨大で、正直、「すげーなー」と感心するばかりで、好悪の次元を超えている
もっといえば、人間らしさを大いに持っていながら、超常の力で時代を変えてしまうギリシア神話の神々のような存在に思える。もちろん彼は人間だし、人間だからこそその成したことの大きさが人を驚嘆せしめるのだが。
一方で、アウグストゥスティベリウスは、もちろん超人的な精神力で物事をやり遂げ、平和を招来せしめた事実があるのだが、カエサルに比べれば、神々より人間に近い。
特に、帝政の創業者としてマキァヴェリズムに徹し抜き、その生涯を地中海世界の新秩序構築に捧げたアウグストゥスより、その跡を継いで秩序の恒久化に心血を注ぎ、その代償として自らの心を閉ざしていったティベリウスの方が、変な言い方だが、親近感が湧く。



政治家の評価は人間性に対して行うべきではない。なによりも結果に求められるべきだ。
悪帝とされるティベリウスも、現代の史学では再評価の流れが確定している。それは、ローマの平和を固めた治世者として、彼は確かに大きな実績を残しているからだ。 私はそれも含め、ティベリウスという皇帝に魅力を感じている。
それについてはまた次回。

*1:ドイツの歴史家モムゼンの言葉。