彼氏彼女の事情

彼氏彼女の事情 (1) (花とゆめCOMICS)

彼氏彼女の事情 (1) (花とゆめCOMICS)



宣言して初めてのネタだから、とりあえず意表を突いてみたかった。反省はしていない。


わりとメジャーな作品だろう。某著名監督の手によりアニメ化されたことで一気に評判になったが、そうでなくとも人気はあったようだ。
かれかの、と略称され、男性読者も多い。私もその一人というわけだ。
舞台は神奈川県内の高校、県内有数の進学校であるその学校に、主人公の少年少女が入学してくるところから物語が始まり、その2人を軸に、強烈な存在感とパワーを持つキャラクターたちが、問題や障害を乗り越えて成長して行く物語。
当初は、優等生を演じることに快感を覚える主人公と、正真正銘のサラブレッドとのラブコメ、といった感じの物語なのだが、幼児虐待やそのトラウマの問題などがクローズアップされてくる物語後半になってくると、色合いがだいぶ異なってくる。
コメディとしては少女まんがにしては切れがあり、男性的な感性も持ち合わせた作家性を感じさせるのだが、初期のコメディが好きなファンの中には、後半の展開についていけずに脱落した者も少なくないらしい。
私はというと、こうして紹介しているくらいだから、最後までお付き合いさせていただいた。コミックス最終21巻が8月に出ている。



絵に関しては、初期の頃は少女まんがのひとつの王道を行くような絵柄だったが、連載が続くにつれ、流行に合わせたというより、作品世界の進展に合わせるようにしてより洗練されていき、最終的にはレディースコミックか青年誌的な絵柄にまで到達してしまっている。作家性が強いシナリオのまんが家にはえてしてありがちなことだ、といってしまえばそれまでだが。
残念なのは、まんがのお約束ともいうべき「絵の嘘」を排した結果か、キャラクターの描き分けが薄くなってしまったこと。
いうまでもなく、まんがには、その表現の特徴として、写実表現としては考えられないデフォルメが施される。デフォルメにはいくつもの流儀があり、大別すると少年まんが、少女まんが、劇画などのジャンルと重なる分類がなされる。もちろん、その境目は曖昧で、厳密な区別などというものは存在しない。
著者の志向性はある時期から具象的な方向に向き始めたようだが、それがデフォルメを画一化させてしまうという地雷を踏む結果にいたったのかどうか。
途中で主役たちから少し離れて、音楽ネタに振った話題に入ったあたりから、少しずつキャラの描き分けが緩やかになっていった。
最終巻の冒頭、そのエピソードのみ登場のキャラクターが出てくるのだが、そのキャラクターが、主要登場人物の一人(真秀)とほとんど見分けがつかないような描かれ方になっている。真秀の方の髪型が変わっているといわれれば納得できなくもないが、その後、主要登場人物が一同に会する場面が描かれたときに、描き分けの甘さが一気に露呈する。
作家が、長期の連載を通じて絵柄を変化させていくことはよくあることで、それを否定的に見る必要はない。絵の雰囲気自体は、初期の頃のものも好きだし、最終巻のものも好きだから、文句はないのだ。ただ、描き分けの部分については少し首を傾げざるを得ない部分が大きい。


ストーリーについては、よくできている。
著者が、少女まんが家としてはかなり視野も知識も広い人物のようで、恋愛にばかり拘泥するのではなく、家族のあり方や心理描写に意を用いたシナリオは、よく練りこまれている。もちろん、連載されている媒体が少女誌だから、それ相応の内容にはなっているが。
少々、設定関係が「綺麗すぎるんじゃないのかなあ」と思わないでもないが、そこは少女まんがだから、の一言で納得できる範囲だろう。音楽ネタでもそうだったが、登場するキャラが社会的な意味での生臭さに晒されることもなく異様に大成してしまうあたりは、いかにも大がかりになってしまった少女まんが的といえるが、荒唐無稽な活躍でキャラが成り上がっていく多くの少年まんがあたりと比較すれば、まだしもましといえそうな気もする。
これは少女まんが全体にいえることだが、この作品もその例に漏れず、男性から見て男性の描き方が理想化されすぎている観がある。
これは逆も大いにいえることだ。多くの少年まんがは女性がまったく描けていない。いわゆる「萌えまんが」を除外しても、だ*1
「かれかの」の場合、心理描写が多い分だけ、その部分が少々目立つ。もちろん、それが少女まんがのデフォルメのひとつだと考えれば、それまでの話なのだが、情緒に流されないまんが、というイメージがあるだけに、その部分も突き詰めて欲しかったという気はする。
もっとも、それは男性読者が同性の描き方に厳しくなるという、ごく当たり前の心理が働いた結果というだけの話で、「かれかの」の価値を下げるほどのものではないのだろう。


細かく見ていけばいくらでも書けそうな気がするが、とりあえず総論的なことだけを書いて、いったん締めることにする。

*1:「萌えまんが」は女性の本質から目をそむけ、男性の願望を投影することを前提としているから、そもそも女が描けるはずがない。